1/31/2011

ポーのお城-chateau de Pau-

冬の出不精をふりきり、改めてポーのお城へ。
ここは16世紀半ばにアンリ4世が産まれたところ。


       
シャトー・ポーの目の前の色とりどりの家。
左から二番目の水色の家の1Fはcréprier。
昼時は観光客のみならず、地元の人も軽く食べていきます。
眺めの良さこそ、人気の秘訣。




これは昔のカード。
見たところ、王様の名前が書かれているよう。



当時の様子を描いたタピスリーに囲まれた部屋。


このベッドは縦よりも横の方が長い。
当時は家族で寝ていたとか。
冬の冷える夜は、召使い達がベッドの周りを
囲って温めていたそう。





旅用のコフレ。
いくつものパーテションから成る。


これは美しい食器!
と思いきや、
当時用をたしたツボだそう。


アンリ4世は生誕後、カメの甲羅のような
ゆりかごに寝ていた。
隣の赤いベッドが分娩用のベッド。

アンリ4世といえば、 サン-バルテルミの虐殺で自らを守るため
プロテスタントからカ トリックに改宗。
果てには16世紀末にナント の勅令によって、
カトリックとプロテス タント の長年にわたる対立を
融和した王。
しかし、暗殺によってこの世を去る。
狂信的なカトリック教 徒によるもの。

パリのセーヌ河沿いに も大き なstatusがあります。

ちなみにノストラダムスは、
アンリ4世が後の王になることを予言していたそう。

まぁ、、
パンピーの私たちには雲をつかむような話しです。
ね。
ちなみにbébéはお城内で顔の向きを必死に変えては
一点を見つめ、
何かしゃべっていた。

なんか、、いたの・・・(恐)??

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