5/25/2009

おこられ甲斐-bonne chance à WIFI-

朝7時になるとけたたましく呼び鈴が鳴る。



目覚ましの音よりもうるさい。

このアパルトモンに越してきて2週間が過ぎた頃、

それが不思議と4日間続く。

お年よりが多いのできっと押し間違いか何かだろう。

寝返りをうってはまた眠りに落ちるのだった。


しかし、よりによって初めて遅刻しそうになった日の朝。

出がけに下のオートロック用のベルが再び鳴る。

応対する余裕がなく、そのままエレベーターで玄関めがけて急ぐ。


壁の薄いアパルトモンだ。

隣の家のベルが聞こえたのかも、と

案外楽天家の私は都合よく解釈する。


下の入り口から外へ出る。

すると、

私はものすごい勢いで怒鳴られる。

目の前には、小太りで小柄なおじさまが

私の目を捉えるように見つめ、

何やらまくしたてている。

近い。

顔の距離が近い。

そして声が大きい。

そのことばかりが気になる。

その隣には、心配そうに様子を伺うラブラドールがいる。

おじさまをそのままコテンと横にして、

手足をさらに短くしたような姿をしている。

似ている。


何?このコンビ。何?夢?!

あまりにびっくりして、フランス語がまったく入ってこない。

まだ起きがけだし。

そこで聞き耳をよくたてる。


「君か?!真夜中の1時2時にシャワーを浴びてるのは!

うるっさい。眠れないっ。」



なるほど。

訴えるように鳴り響いていた朝のブザーは、

紛れもなく私へと宛てられた事実。

そしてその正体はこのおじさまと、犬。

なるほど...。

(それにしてもこのフタリ、似ている。)


私は心底やってしまった、と思い、謝る。

ついでに、大変申し訳ないが既に遅れているから急ぐ、

もうシャワーを夜中に浴びない、と告げて逃げるように立ち去る。

ヒステリックな人の傍には出来ることならいたくない。


学校から帰ると、

管理人夫婦と朝のおじさまが玄関でおしゃべりをしている。

犬もいる。

「mao-----!」

あまりよく知らないけれど、

私に会うと嬉しそうにしてくれる管理人のおじさんが

bisouをしろと遠くから叫ぶ。

距離を置いて玄関からそぉっと入ろうとしたのに、

気付かれたか...。


朝のおじさまもいるし、気まずい。

私は声が大きい人が苦手だ。

しかし何事もなかったかのようにとびきりの笑顔で近づく。

「朝はごめんなさいねー!」などとおじさまに言う。

するとおじさま(Patrickという)は、

「いやいや、僕はいいんだけど妻がいつもうるさくてね」

などと笑う。

陽気な管理人のおじさんもニコニコ笑う。

今日は天気がいいからみな余計にニコニコしている。

管理人のおじさんはヒゲが針のようにするどくとがっている。

bisouをすると、やはり今日も痛い。

お願いだから剃って欲しい。

このbisouはpauにいる限り避けられない運命にあるからだ。



私は犬についてしゃべる。13歳なんてすごいなどと。

すると、Patrickが若干私から距離を置きながら神妙な顔をして言う。

なんか遠い。

今朝は近かったのに。

「君の国では犬を食べてしまうんだろう?」

Patrickの目が丸くなっている。

素朴な疑問のようだ。

少し怯えている。

「nonnnon! それは中国よ。私は日本人よ。」

と必死で弁解をする。

Patrickの緊張が次第にゆるむのが伝わる。

そして再び顔が近くなる。


今どき犬を食べるなんて。

まぁ、この犬は確かに肉付きがいいから。心配になるのも無理はない。

真ん丸くて今にも転がりそうな犬を前に、冷静に考える自分もいる。



翌日から、何故かPatrickと犬と管理人夫婦の

井戸端会議に毎日遭遇することになる。

その度に、

「昨日はシャワー早かったね」

などと悪気なくしゃべっている。

なんだかストーカーをされている気分である。

しかし皮肉なことに、丁度フランス語の練習にもなる。

何を言われても気にしないことにする。

無我の境地に達している。




こうして、怒られたことで始まったPatrickとの縁が、ある日実を結ぶ。

井戸端会議中にPatrickが私に言う。

「wifiないだろう?パスワードをあげるよ。

帰ってきたらアパルトモンに寄ればいい。僕らはお隣さんだ。わっはっは」

なんと!ついにインターネットが部屋でできる!

私がルルドに旅立つ朝であった。

この井戸端会議に遭遇すると、

決まって私は遅刻をするハメになる。

その日も一本バスを逃すが、遅刻し甲斐のある会議である。


「ちなみに、君の前にいた子にもwifiのパスあげたんだけどね。
アパルトモンを去る時僕に何も言わなかったんだよ。

だからもう誰にもあげないって思ってたんだけどね。」

なるほど。礼儀にうるさい。根に持つ。

Pauを出て行く時は必ず挨拶をしよう。

次の人がまた苦労をすることになる。


あれほど探し求めていたインターネットの扉を開く鍵を,,,

Patrickから授かることになるとは。

おこられた甲斐がある。


管理人夫婦は、私が夜になると決まって

向かいの家までPCを持って行き、

インターネットをしていることを知っていた。

ひげの鋭いおじさんに行き先を監視され甲斐があった。

それをPatrickに言ってくれたのだ。


部屋に遅く戻ってきてシャワーを浴びることは、

Patrickが知っていた。

だから、wifiが私のもとにくることは、

Patrickにとっても私にとっても良いことである。

もう夜更けに部屋に戻り、慌ててシャワーを浴びる必要がないのだから。


必要に迫られこちらから近づかずとも、

不思議と必要なものが向こうから寄ってくることがある。

その始まりが、如何に印象が悪く、

いたたまれない気持ちになるものであろうとも。




それとも、インターネットを部屋でしたい、

という切なる思いが

シャワーの音となってPatrickの寝室まで

訴える結果となったのだろうか。


Patrickから無事にインターネットのパスワードを貰った日、

ルルドのお土産のメダーユをPatrickに手渡す。

これがこの先、Patrickの願いを叶えることになるかも知れない。

などと夢想してみる。


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